Skytree Down BGM:https://www.youtube.com/watch?v=-3Jiqzo6E6A  重たい風が、頭上を通り過ぎていった。  夏の夕刻。  見上げた空はぶ厚い雲に覆われていて、幾重にも雲が重なっているようにも見えた。  その様は、不気味さも感じる。 「………」  境内を掃除していた月夜野ちあらは、この重たい風を見逃さなかった。  重いけれども、鋭く、力ある風が、西から東へ。  それは一瞬だったが、自然の風でないことはすぐに解った。 「誰かが……起こした……」  はじめ、風の吹いて来た方向を見上げる。  しかしそこはいつもの風景だった。黒雲が広がる以外は。  黒雲が一層、深みを増したように感じられた。そしてゆっくりとその高度を下げているような気がした。 「!!」  また!  鋭く重たい風が、自分の頭上を通り過ぎていく。  ひゅんっという、弾丸が飛んでいくような音を立てて。その速度は相当速い。 「来るぞ」  いつの間にか、自分のそばに黒翼がいた。  黒翼の方からこの神社に来るのは珍しい。いつもは何か用事ができたら呼びつけるというのに。  もちろん、テトメトも一緒である。 「どこを見ている、方角はそっちじゃない」  黒翼はちあらが見上げた方角を指さした後、その指を北北東へと向けた。 「?」  しかしそちらも黒雲がたちこめている以外は、いつもの光景と変わらない。 「雲の動きを見ろ」  黒翼に言われるがままに、この不気味で分厚い黒雲を見上げた。  自分たちの頭上では、風と同じ、西から東に向かっている。  しかし視野をひろげて遠くを見ると……。 「回って……いる?」  時計回りに。  遥か向こうに見える黒雲は、東から西へ……! 「つまり、わたしが指差した方向は?」 「中心」 「よいかちあら、人命、損害はいっさい考慮するな。これから起きることを収めることが我らの役目。例え目の前に助けられそうな人がいたとしても、構ってはならぬ」  突然の言葉にちあらは戸惑った。  何を言っているんだろう、と。 「テトメトを貸してやろう。我らの恐ろしさをとくと見せつけてやろうではないか」 「がんばるぬ」  テトメトがちあらの肩の上に乗った。  この時点では、ちあらはまだこれから起こることが理解出来ていなかった。 *  *  *  浅草駅───。  初めは強い突風が吹いたな、というくらいの認識でしかなかった。  一回、二回とその突風は吹き付けるたびに、それは強くなっていた。  雨は降っていない。 「きゃぁ…!」  一人の女性が、あまりの突風に飛ばされそうになり尻餅をつく。  そしてまた、突風。  遠くでバリバリと雷が落ちたような大きな音が響いた。 「え、うそ……だろ……?」  誰かがつぶやいたその視線の先には、今にも浮き上がりそうなバスの姿があった。突風を受けるたびに車体が大きく揺れ、タイヤがアスファルトから少し浮き上がっては戻るをくり返していた。 「!!」  次の瞬間、さらに強い突風がやってきたかと思うと、バスを一気に空中へと持ち上げた。  いや、バスだけではない、歩道を歩いていた人たちも、車も……まるで地上をさらうように、全ての物が宙を舞った。  建物のガラスが、風が通り過ぎると同時に、次々と粉砕されていく。  人が、車が、持ち上げられていく。  隅田川を渡している橋のトラスがめきめきと音を立てて、ゆがみはじめたかとおもうと、一緒に巻き上げられた川の水が、橋を押し流すように荒れ狂った。  浅草線の架線がちぎれ、車両が高架を離れて空へと持ち上げられる。  たくさんの悲鳴。  あらゆるものが壊れる音。  さらにアスファルトが剥がれる。  街路樹が無残に砕けながら、飛んでいく。  電線が鞭のようにしなり、うなり、人を切り裂く。  地上にあったもの全てが、空へ吸い上げられていく。  建物も無事ではない。屋根、アンテナ、エアコンの室外機などがめきめきと建物から剥がれて飛びはじめていた。  大型の観光バスが建物に叩きつけられて、轟音を上げて炎上した。中にいた人が周囲に飛び散っていく。  見れば、様々なものが吸い上げられながらも建物にぶつかっていく。  人も、物も……!  建物も風の方向に曲がり、浅草駅の上部はついに崩落をはじめた。  風は北西から南東へ……!  浅草寺の巨大な提灯も遥か上空を舞っている。  風は全てを飲み込み、空へ! 空へ!! 空へ!!  渦巻く、黒雲と共に! *  *  * BGM:https://www.youtube.com/watch?v=KUc9tHagrQw 「いくぬ!」  テトメトが言葉を発したと同時に、ちあらの身体がふわりと軽くなる。  しかし吹き付ける強風に流されることはなかった。  雷のような、よくわからない轟音が黒翼の指さしていた北北西から聞こえてくる。  同時に、悲しく恐ろしい感情の嵐も。 「人の心を拾うな!」  後ろで黒翼がキツく戒めた。  ちあらは心を鬼にして、届く感情を全てシャットアウトした。 「目的は二つ。一つは今起きている異常な上昇気流を収めること。もう一つは、この上昇気流を作り出したバカを葬ること」 「どうすれば……」 「上昇気流はわたしがとめる。バカを倒せ」 「コク」  ちあらが頷くが速いか、テトメトはちあらを空へとさらった。  あっという間に黒翼が小さくなって見えなくなっていく。 「戦える時間は二〇分ぬ」  耳元でテトメトがつぶやく。 「二〇分で黒翼様の術が発動するぬ。そうなったら、上昇気流が発生している一帯半径二キロメートルはディスペル(魔法解除)の嵐が吹き荒れて、魔法が一切使えなくなるぬ」 「テトメトの飛翔(Fly)の呪文も消える?」 「そういうことだぬ。だから二〇分で片を付けるぬ!」  二人は蔵前橋を越え、一路、上昇気流の中心へ……!  しだいに風が強くなり、流されそうになる。  黒雲は中心へ近づくにつれて、その暗闇を増し、巨大な渦巻きとなってめまぐるしく大気をかき乱していた。 「!!」  ちあらのそばを街路樹が巻き上げられていく。  さらに、人も……! 「ふわ……!」  車が飛んで来てぶつかりそうになる。 「飛翔のコントロールは吾がやるぬ」  テトメトはその細い目をさらに細めると、一気に加速して、黒雲の渦に飛び込んだ。  そして渦の風に乗る。  ちあらが見た光景は……まさに地獄絵図そのものだった。  地上にあったあらゆる物が宙を舞い、ものすごい勢いで渦に飲み込まれ、天高く舞い上がっていく。  様々ものがぶつかり、破壊されて、粉々になる。  その音と風の音で、渦の中はただただ轟音で埋め尽くされていた。  時速はすでに二〇〇キロメートルを越えていただろうか?  ちあらはこのスピードでの反射速度になれるために、目をパチクリさせた。しだいに神経が研ぎ澄まされていくのが解る。同時に人の反応速度では戦えないことも自覚する。 「風に乗って、中心に飛び込むぬ!」  中心とは……?  渦巻く黒雲に覆われた、その中心は。  しだいにその雲の中に、格子状に組まれた巨大な建造物が見えてくる。 「スカイ……ツリー……!!」  真っ白な支柱が、天高くそびえているのが見える。 「嵐から出るぬ!」  テトメトは少しだけ左へ旋回するように舵を切ると、竜巻から飛び出した。  急に風の抵抗がなくなり、轟音が後ろへと遠のいていく。  中心部分は、全くの無風だった。  目の前には幾条にも組まれた、白く美しい支柱が。  気がつくと、いくつもの光がちあらとテトメトを包み込みこんでいた。おそらくテトメトが唱えた、防御に関する魔法であろう。  さらに光の玉がたくさん出現し、一人と一匹の周りを巡回しはじめた。 「準備は全て整っているぬ」  テトメトはさらに加速して、スカイツリーの天辺を目指す。  第一展望台を過ぎ去り、さらに第二展望台へ。  すると上空がキラッと光ったかと思うと、何かが飛んでくる。 「ふんぬ!」  テトメトがそれを鮮やかに交わす。  すれ違いざまに、それが氷で出来た矢に見えた。  一発が第一展望台の屋根に刺さったかと思うと、パキーン!という高い音と共にはじけ飛び、同時に周囲が一気に凍った。 「寒いのは、苦手ぬ~~!」  それを見たテトメトが、毛を逆立てる。 「起焔!!(ハジメノホムラ)」  ちあらも、自分の技の起動を開始する。 「くるぬ!」  さらに三発四発と、氷の矢が降ってくる。  それをテトメトは素早くかわすと同時に、取り巻いていた光の玉が一つ、上空へと飛んでいく。  六発目、七発目がちらっと見えた瞬間、テトメトの飛ばした光の玉が大爆発を起こして、その二つを炎に飲み込んだ。  その爆煙の中に飛び込むと、第二展望台の上空へ。  さらにテトメトが光の玉をぶち込む。  第二展望台の上で、次々と爆発が起こる。  この段階では、まだちあらは敵を認識できていなかった。 「大丈夫ぬ、第二展望台から引きはがずのが目的ぬ。展望台には人がいる可能性があるからぬ」  だが、その爆煙の中から何かが飛びだしてくるのは、解った。 「はや…!」  ちあらは爆煙の中から飛び出した何かに殴られるが、その拳よりも速く、後ろへ飛び去った。  そしてすとんと高度を落として、その何かの後ろに回ろうとしたが、敵の方が反応は速かった。 「!!」  上空一面に蜘蛛の巣のような氷の網ができると、ちあらとテトメトを押しつぶすように迫ってくる。 「瞬焔!!(マタタキノホムラ)」  ちあらはとっさに起爆すると同時に、重力に任せてさらに高度を下げた。  炸裂した炎は氷の網を瞬時に溶かすどころか、蒸発させる。  ここでようやく、ちあらは敵を視認した。 「あれは……」  身長は二メートルほどはあろうか、浅黒い肌をした、イケメンだった。  髪は漆黒のように黒く、その瞳は赤かった。  惜しむらくはちょっと筋肉がなー……多すぎるなー……などとちあらは思う。せっかくカッコイイのに。でも身長高いなー、キスしてもらう時は背伸びじゃ足りないから、かがんでもらわなきゃ。  男の人を見るとあれこれ品定めしてしまうのは、女子高生の性(さが)か? 「なに見とれてるかぬ」 「え?」 「吾の方がよっぽど、かっこいいぬ!」 「それはない」  ちあらはきっぱりとテトメトを切り捨てると、イケメンに向かって行った。  まずは小手調べ。  どういう敵なのかも、ちあらにはまったく情報がない。  刀を一本だけ抜いて、真正面から斬りかかる。  が、ここは空だ。いくらでも避けられる。  ちあらは一太刀、二太刀、三太刀と切り込むが、相手はすっすっと後ろへと下がってしまう。  そして四太刀目を突き入れた瞬間、敵が半透明になったかと思うと、八人に分裂してちあらを取り囲んだ。同時に何かをしようとするのが解る。  が、ちあらはそんなことはお構いなしだった。 「紅焔八方薙!!(クレナイノホムラヤツカタナギ)」  四太刀目を返してなぎ払うと、八方に扇状の炎が放たれる。  敵の術が中断され、少なくとも自分の前にいる四体が消え去った。  目の前に誰も居なくなるのが解ると、ちあらはすぐさま後ろへ身体を向けるが、すでに敵は手の届く範囲にまで接近していた。 「ふわ……!!」  とっさに後ろへ逃げようとするがしかし、相手の方が速かった。  下腹部からあばらに向かって、拳がめり込む。  同時にあばらがばりばりと砕ける音。 「はっ………くっ……!!」  呼吸が遮られ、激痛が全身に走るが、後退をやめては行けないと思い、必死に遠ざかった。  しかしもちろん敵はそのまま迫ってくる。  痛みで刀を振るう力は入らない。 「十六夜焔!!(タユタウホムラ)」  テトメトが肩から離脱すると同時に、ちあらの身体が炎に包まれた。  敵はとっさにそれを避けて、後ろの方へ飛んでいく。どうやら炎そのものは嫌っているようだ。  今度はちあらが追う番である。  一気に空(くう)を蹴ると、瞬時に敵に追いつく。すでに今の炎でちあらの負った傷は治っていた。 「突破爆斬!!(トッパハゼリギリ)」  追いつくが速いか、ちあらは敵の胸元に一太刀を入れる。同時に刀のつっさきから敵の逃げている方向数百メートル先まで光が伸びたかと思うと、その光の先端まで一気に爆発が生じた。  敵を包むどころか、その数百メートル先まで全てが炎で覆われる。  しかもちあらはお構いなしにその炎の海に飛び込んだ。 「不死鳥舞!(フゲオオトリノマイ)」  そしてカカッと稲妻のような光が空全体に広がったかと思うと、ちあらを中心にこれまた巨大な爆発が起こる。太陽のプロミネンスのような紅の炎が周囲を埋め尽くす。  手応えは確かにあった。  刀は確実に敵を捕らえた感触があった。 「ひどいぬ、範囲攻撃を使う時は一言いうぬ~~」  必死に遠くまで逃げたテトメトが、なにやら呪文を色々唱えている。  そもそも周囲の温度はちあらのせいでとんでもないことになっているのだ。  だが、ちあらはお構いなしだ。  今度は落下していく敵を逃すまいと、追いかけていく。  敵は片腕を失っており、身体も満身創痍に見えた。  だがここで攻撃の手を緩めてはいけないと、ちあらはもう一つの刀を抜くと、一気に近づく。  二本の刀が、まるで窯で打たれたばかりのように、真っ赤になっていた。 「紅焔円斬!(クレナイノホムラツブラギリ)」  ちあらの刀が時計回りに回ったかと思うと、回転した炎が飛び出し、敵の身体を捉える。  これで炎によって、敵は八つ裂きになる……はずだった。もっとも、ただの敵ならば……だが。  その炎の中に、確かな影が存在していることをちあらは見逃さなかった。  次の技の準備に入らなければ……! *  *  * 「お、おおう、ちあらめ、フィーバーしすぎだ。大気の温度が高すぎて、ダウンバーストが起こせないではないか!」  地上では黒翼が長い長い呪文を中断して、言葉をあれこれと組み替える。  目の前のアスファルトには巨大な魔法陣が描き出されているが、ちあらはそれをあちこち消しながら、書き加えていく。  上空での戦闘の様子は、厚い雲に覆われていて、見ることはできない。しかし、もし見ることができたなら、派手な爆発は拝めただろう。  ここは蔵前橋通りの交差点ど真ん中。  道路は黒翼が魔法陣を描き出す五〇メートル四方ほどのスペースが空けられており、その周囲は渋滞の車で埋め尽くされているが、中に人はいない。  すで避難指示が出されており、乗っていた人たちは、警察の誘導によって避難をはじめていた。  蔵前橋通りの真北には、大渦が迫ってきている。 BGM:https://www.youtube.com/watch?v=I8y99z5EVtY 「これは……」 「八枚羽に四本角……ぬ。これはかなりやっかいぬ」  炎の中から現れたのは、真っ黒な四対の翼と二対の角を持ったデーモンの姿だった。  そして肌の色は打って変わって、真っ白だ。  あ、こっちの方がカッコイイかも。  なんてことを過ぎってしまう。 「ついに本性を現したぬ」  周囲の温度が一気に下がるのが解る。  敵の羽ばたき一つで、冷気が増していく。  その手には巨大な両手剣を携えていた。殴られたら、いかにも痛そうな剣である。しかも不気味な光を放っているばかりか、周囲に稲妻が走っている。 「打ち合ったら力負けしそう……」  敵は筋骨隆々である。それに引き替え、ちあらの細腕は 「筋力くらい、MAX にしてやるぬ~」 「だめ!」  ちあらは呪文を唱えようとするテトメトに、強い意志を返した。 「……」 「剣術に関しては口出ししないで」  ちあらは小さくそう答えると、刀を一本に切り替える。  しばしにらみ合いが続いた後、動いたのは敵の方だった。  と言っても、実際に動いたのは周囲の竜巻、だが。 「狭まってる?」  不意にバリバリっと音がしたかと思うと、下方から何かが飛んでくる。  竜巻がスカイツリーも巻き込みはじめたのだ。 「ヤバいぬ」  敵は薄笑みを浮かべて、こちらを見ているだけ。  速く倒さなければ……! という焦りが、ちあらを襲う。 「テトメトは離れていて…!」  ちあらはもう一度敵の懐に飛び込むべく、空を蹴った。一気に敵に迫ると、術の準備をする。  が、敵はそのまま竜巻の中に逃げ込む。 「くっ……!」  それを追って竜巻に飛び込んだとたん、横殴りの風にあおられる。  風の流れる方向に進むことしかできない。  しかし敵は、まるで風など吹いていないかのように自由に動き回ると、ちあらとの間合いを詰めてくる。 「ぅぁ……!」  敵は風と、そしておそらく水の影響をまったく受けないのだろう。自分が火の影響をまったく受けないのと同じように。  間合いを詰められ、離れようにも思い通りに位置取りできない。 「ひう!」  敵は身体が密着するぐらい近づくと、ちあらの肩をそっと抱いてきた。  背筋が凍るような冷気がちあらを襲う。 「チャーム……!?」  さすが悪魔、ちあらの心を乗っ取りに来た。  そしてまるでさも当然のように、すーっとちあらの唇を奪いに来る。 「フ・ケ・ツ!」  ちあらは思いっきり手を伸ばして悪魔から逃れようとするが、触れた悪魔の身体があまりにも冷たく、思わず手を離してしまう。いつの間にか自分の肩を抱く悪魔の腕も、凍えるような冷たさになっている。 「クッ……!」  右手でつかんでいた刀を右下から悪魔にぶっ差そうとしたところで、ようやく敵は離れてくれた。  不気味な笑い。  しかし悪魔から離れたとたん、風の影響をもろに受け、うまく飛べない。 「ぐぅぅ……」  ちあらは思いっきり風を蹴って、竜巻の内側へ逃れる。  身体中が凍えて、震えている。  竜巻を脱して中心部へ、そのあとを幾筋もの氷の矢が追いかける。  そしてちあらに命中しないまでも、ちあらの側に来ると、一気に爆発した。  真っ白な氷と冷気がちあらの身体を押しつぶすように、包み込んだ。  幾条もの氷の刃がちあらの身体を切り裂く。 「ぅぁぅぁぅぁぅぁ……」  ちあらは痛みに耐えながらも、身体を丸めて急所に当たらないようになんとかかわす。  至る所から血が噴き出した。 「た、十六夜焔……!!(タユタウホムラ)」  バランスを崩して落下しながらもちあらは術を唱えると、自分の身体を炎に包んだ。  切り裂かれた場所が治療されていく。  しかし敵が迫ってくる。  敵はちあらの炎を恐れることなく、真っ直ぐ間合いを詰めると、その巨大な剣でを振りかざした。 「!!」  金属と金属の打ち合う音。  刀でかろうじて太刀筋を受け止めるが、力負けして、ぶっ飛ばされる。  しかしすぐに体勢を立て直して、まっすぐ相対すると、敵に向かっていった。  大剣をいなし、懐に飛び込み、二太刀目をいれるが、それをツバではじかれ、さらに三太刀目いれるが、それを大剣がはじく。  一進一退の剣の打ち合いが続く。  速度はちあらのほうが勝っていた。敵の長い剣は振り上げた際に、ちあらの場所まで届くのに時間がかかる。ちあらはそれを利用して懐に入り、なんとか斬ろうとするのだが、大剣の柄や根の部分ではじかれてしまう。 「超光舞!!(ワタリヒカリノマイ)」  懐に飛び込んだ瞬間、ちあらは自分を中心に起爆するが、敵もほぼ同時に絶対零度の冷気を爆発させる。  真っ白い光が水蒸気が一気に氷化した真っ白な気体に反射して、辺り一面が光に包まれる。  同時に敵は逃げるように間合いを開けた。 「やはり……」  ちあらは確信した。  普通の炎では倒せない。  超光のような、超高熱の炎でなければ。 「テトメト、対放射線防御。風の制御、お願い」  ちあらは早口にそう言うと、まだ刀をつかんでいない方の左手を前に出すと拳を作った。 「わかったぬ……」 「転熾灼!!(ウタテノオキアラタカ)」  テトメトの乗り気でない答えを聞き終わらないうちにちあらは呪文をとなえる。  瞬間、ちあらを取り囲んでいた炎が消し飛んだかと思うと、青いまばゆい光が四方八方に広がる。  さらにそのあとを真っ白な光が続く。  それをさせまいと悪魔がものすごい勢いで迫ってきた。  しかしちあらは逃げない。  悪魔の大剣がちあらのまさに脇腹を捉えたときだった。 ッイイイイン!!  ちあらはもう片方の刀を素早く抜いて、その一撃を受け止めていた。  透き通った金属の音が光と共に周囲に広がっていく。よくみるとその受け止めた場所には何か小さな輝く光があった。この光によって悪魔の怪力のこもった一撃を受け止められたようだ。  ちあらは顔をあげて敵の顔を見つめると、その瞳を見た。 「鐵瞬滅!!(クロガネノマタタキノホロビ)」  そう言い放つとキュイっという何かがへしゃげる音が聞こえ、高重力が発生し、敵の大剣がへし曲がった。 「ギュォォォォォォォォォ……!!!」  するとどこからともなく、叫び声が聞こえる。  それは悪魔の持つ剣からだった。  剣もまた、デーモンだったのである。 「続!!(ツヅキ)」  ちあらはお構いなしに重力を高め、悪魔ごと吸い込もうとするが、敵の姿が歪んだかと思うと、瞬時に遠くに離れた。どうやら自力での脱出は不可能とみて、魔法で空間移動したようだった。  すかさず間合いを詰める。  一、二、三、四……撃目は敵も曲がった剣で打ち返すが、ちあらは二刀流。五、六、七撃がデーモンの身体を切り裂く。  両刀をいったん引いて、さらに斬りにかかるが、ちあらの刀が敵の身体に触れたとたん、敵の身体が凍り、そこから絶対零度の冷気が爆発し、ちあらを吹き飛ばした。  同時にまたスカイツリーが竜巻の影響下に入り、外壁やアンテナなどが飛んで来てちあらにぶつかってくる。 「わ、わ、わ、わ……!」  それを必死に躱す。  巨大な鋼鉄の板が飛んで来たので、それを刀で切り裂く。  と、目の前に敵がいた。手に持っていた大剣はすでに元に戻っていた。 「ふわ!?」  とっさに剣撃を受け止めるが、まるで野球で打たれたボールのように、ぼーんとはじかれて、竜巻の中へ。 「ぐは……!」   竜巻の中で制御が効かず、様々ものにぶつかる。  電柱をぶち折り、車のボンネットに激突した。 「いたい……」  風の中できりきり舞いになりながら、ちあらは上へと逃げた。より竜巻の影響を逃れるために……!  そのあとをデーモンが追う。  ちあらは追い風に乗って、一気に速度を上げていく。  冷たく鋭い氷の刃がちあらの後を追うが、ちあらは竜巻の中を飛んでいる様々な障害物を背にしながら飛び、それらを躱していく。刃は電柱や車などの浮遊物に命中したかと思うと、それらを瞬時に凍らせると、強力な風が粉々にしていった。  しかししばらく上昇すると、障害物もなくなっていく。また、それに合わせて竜巻の風の威力もだいぶ弱まっていた。ここでなら風の制御ができないちあらでも何とか戦えそうだった。  高度はすでに何千メートルにも及んでいるが、テトメトの魔法のおかげで大気の薄さは気にならなかった。  竜巻から飛び出して、もう一度体勢を立て直そうとするが、すでに敵はすぐ真後ろに迫っており、ちあらを切りつける。 「うぐぅ……!」  短く唸りながらもちあらは剣撃をうけとめる。  が、受け止めた場所から氷の刃が飛び出し、何本かがちあらの身体を貫通した。 「!!」  鮮血が飛び散ると、それは溶岩のように真っ赤に燃えてちあらの傷口にかかる。そうすることによって傷は癒えるものの、痛みから逃れられるわけではない。  やはり、強い……!  そもそもデーモンなぞ、人間が相手にはできない存在。  敵は攻撃を緩めず、さらに一太刀、一太刀と切り込んでくるが、ちあらはそれらはいなした。同じように刃も飛んでくるが、解ってしまえば怖くない。もう片方の刀でそれらを払い落とした。  大気の温度が低いからだろうか? デーモンの威力が先程よりも増しているように感じられた。  敵の振るう剣筋に白い軌跡ができる。  そのたびに冷気が、ちあらとテトメトを襲った。 「やばいぬ、もうそろそろ片を付けないと……黒翼様の術が発動してしまうぬ」 「……」  そんなことは解っている。  しかしお互いの技の撃ち合い、剣の打ち合いでは片はつきそうになかった。 『あー、盛り上がっているところ悪いが、あと三〇秒で呪文が完成する。はよ倒せ』  無責任な黒翼の声が割り込んで来る。  はよ倒せと言われても……。  敵はまだ全然ピンピンしている。 『んじゃ、秒読み開始~!』 『ま、まって黒翼……!』  などと言っても、聞いてくれる相手ではないことは、ちあらも解ってはいた。  よそ見をするなと言わんばかりに敵が大剣を振るってくる。  それを精一杯の力で受け止める。  相変わらず重く、そして強力な一撃。自分の身体に当たっていたかと思うと、背筋が凍る。 『二八、二七、二六……』  黒翼の秒読みが脳裏を過(よ)ぎっていく。  だが、焦るな!  ちあらは自分で自分に言い聞かせた。  とはいえ、残り二五秒。黒翼の術た完成したら、今自分が纏っている魔法の効果が全てなくなる。もちろん空も飛べなくなるから、落っこちるしかない。 「決着、つける」  ちあらは深く頷くと刀を腰に収めた。 「な、なにするぬ……!」 「技の打ち合いでは、倒せない…!」  ちあらはそう言うと、加速して、丸腰のままデーモンの懐へ飛び込んだ。  少し意外に思ったデーモンは、眉をしかめながらもそれを軽くいなす。 「超光舞!!(ワタリヒカリノマイ)」  すれ違いざまに、思いっきり超高熱の爆発を浴びせる。  デーモンは素早く遠ざかるが、青白い光がデーモンの身体をとらえ、剣で受け損なったダメージを受けて、デーモンの身体の表面が焼ける。  この技は効く。  しかし間合いが空いてしまえば、敵はダメージを修復してしまう。もちろんそれはちあらも同じであるが……一撃で倒せなければ意味がない。 「もう、一度…!」  ちあらはもう一回デーモンに向かって飛んでいった。  デーモンは飛んで火に入る夏の虫とばかりに大剣をかまえ、ちあらをなぎ払うかのように振り下ろす。その速度もそしてパワーも尋常ではない。 「居合!!」  ちあらは両手で刀を抜くと、大剣の攻撃をはじき飛ばした。あまりのスピードに手がビリビリと震えた。  敵の攻撃ははじいたが、しかしちあらは両腕が開いた状態になり、胸ががら空きになる。  一瞬、デーモンと視線が合った。  不敵に笑う、デーモン。  ちあらはすぐに次の一撃に備えようとしたが、敵の次の動きを読み切れなかった。大剣は上にはじいたので、そのまま上からもしくは横から切りにかかるだろうとちあらは踏んでいたからだ。  しかし、デーモンは剣を真っ直ぐにちあらの心臓に突き立てたのだ。  ちあらはとっさに刀をクロスさせて大剣をいなそうとしたが、間に合わなかった。  あの巨大な剣がちあらのあばらを一瞬で粉砕したかと思うと、心臓を貫く。  強い衝撃がちあらを襲う。  脳が大量のアドレナリンを吐き出している。  意識を自分でしっかりと保てない……!! しかしこの衝撃に耐えなければ。  意識が遠のこうとする。ちあらは、本能的に混乱する自分の脳を必死に黙らせると、真っ直ぐ前を向いた。死の前の最後のあがきかと余裕の表情を見せるデーモン。死ぬ前にとくと自分の顔を見ておけと言わんばかりだ。  しかし、笑ったのは、ちあらの方だった。  大剣は確かにちあらの身体を突き通したが……背中からその突先が出てくることはなかった。すでにちあらの身体の厚さよりも遥かに深くちあらに刺さっているのに。  敵の余裕の表情が一瞬にして恐怖の表情へと変わる。  同時に、ちあらの胸に刺さっている大剣が、まるで炉で打たれたかのように真っ赤になった。  デーモンはその熱に耐えきれず、剣を手から放してしまう。  そうこれは罠。ちあらはデーモンに、自分をなぎ払うのではなく、心臓を刺すように仕向けたのだ。 「あなたの同胞(ハラカラ)は、わたしの肉、わたしの血潮となった」  落ち着いて刀を収めたちあらは、目を細めると、切り裂かれた自分の胸元へと手を当てる。  すでに大剣は、ちあらの身体の中に飲み込まれていた。  驚き、立ちすくむデーモンの手を、ちあらは優しくとる。  ちあらがつかんだ場所から、デーモンの皮膚がブスブスと溶けていく。 「もう一度、わたしを、誘惑、する?」  ちあらは顔を上げると、真剣な眼差しでその赤い目を見つめた。  突然にデーモンに訪れた恐怖。死ぬはずのない同胞が瞬時にしてこの小さな人間に飲み込まれてしまった。あまりにもの想定外の出来事に、悪魔は恐怖し、ちあらの問いに答えることも出来なかった。 「蒼黄金!!(アオイコガネ)」  青白い光がちあらの手から放たれたかと思うと、瞬時にデーモンの身体を焦がした。  身体中の皮膚が焼けただれ、視力を奪われ、デーモンは悶えた。 「テトメト!」 「まかせるぬ!」  ちあらはトドメの一撃と言わんばかりに、刀で彼の胸を貫き通す。 「刻(トキ)の刻、空(クウ)の空、大地を照らすティファレトの星、天を支える偉大なるエロハの神よ! 大天使ミカエルの名において、刻と空を汝均衡の柱に導かん!」  テトメトがデーモンを永遠に屠るための呪文を唱える。  デーモンの後ろで空間が裂け、真っ黒な空間が出現した。それは異次元へのゲート。  ちあらはデーモンの体内に火種を残したまま刀を引き抜くと、デーモンを蹴飛ばして離れた。 「地獄へ……還れ!!」  そして後ろから迫る次元の扉が、デーモンを飲み込んだ。  異次元への扉(ゲート)が閉まる瞬間、ちあらが最後に起爆した核爆発が、彼の身体を大きくねじ曲げた後、粉砕していくのが見えた。  その爆風を遮るように、空間が閉じられていく。 BGM:https://www.youtube.com/watch?v=U1vP8GQwV6Y 「フギャ!!」 「!?」  空間が閉じる瞬間……! ゲートから何かが飛び出してくると、それがテトメトに激突して、飛んでいく。  偶然にも爆殺されたデーモンの角が、勢い、飛び出してきたものがテトメトの顔面にぶち当たったのだ。 「テトメト……テトメト…!!!」  ちあらは飛んでいくテトメトに追いついて揺すったが、目を覚まさない。 『四、三、二……』  黒翼のカウントダウンは続けられていく。  いつの間にか二人はスカイツリーの上空八〇〇〇メートル近くにまで上昇していた。そして黒翼の術の影響範囲内。もし、魔法が切れたら……! 『零!』  秒読みを終える黒翼の声が、ずいぶんと遠くに聞こえた……その瞬間、自分の身に纏う様々な魔法の効果が消えて行くのが知覚できた。  うすら寒い恐怖が、ちあらの身体を駆け巡る。  同時に、重力に引っ張られはじめた。 「クッ…ア……!」  さらに抗しがたい猛烈な下降気流が、ちあらとテトメトをまるで上から押さえつけるかのように、地面に向かって吹き始める。 「えーと…えーと……!」  混乱したちあらは、まずどうすればいいのか考えた。しかし心がばたついていて、うまく思考がまとまらない。  約八〇〇〇メートルからの落下は約二〇〇秒。とはいえ、とてつもない追い風。地上到達時間はもっと速いだろう。  追い風がある場合、空気抵抗係数を上げるために四肢を広げるべきなのかどうかも解らない……。本来、落下の抵抗を産んでくれる空気は今、自分たちを地面へと押している。  それもものすごい勢いで。 「黒翼……ダメ……テトメトが……」  この状況を何とか黒翼に伝えようとする。  しかし、もちろん黒翼からの返答はない。ここはすでに魔法が使えない空間。黒翼とも連絡を取ることは出来ないのだ。  風切り音が恐怖の音と化す。 「くっ……起焔!」  ちあらはダメ元で炎を起こそうとしたが、何も起きなかった。  そう、これも魔法である。  せめて魔法が使えれば、爆風で落下速度を和らげる方法が使えたのだが……今この下降気流は魔法を打ち消すディスペルの風。  ここまできて……もうどうしようもないのだろうか?  ちあらは考えた。  何かある。  黒翼はこの事態も考えていたはずだ。  ちあらは脳をフル回転させた。その思考の中で、自分は様々な魔法の力に守られていることに気付く。  テトメトの力に、自分の火を使う力、そして身につけている様々な魔法の効果のあるもの。この巫女装束も、魔法の力がかけられていて、塵一つつくことはない。 「あ…!」  その中で唯一、魔法とは関わりのないものがあることにちあらは気付いた。 「なぜか、これには魔法がかかっていない…!」  ちあらの持っている二振りの刀である。  そう、魔法があってもなくても強さが変わらぬもの。  刀鍛冶が鍛えた、種も仕掛けもない刀である。 「まだ、諦めない…!」  ちあらは深くうなずくと、風の流れに、身を任せた。  まっすぐ下を向いて……!  ちあらはテトメトを強く抱きしめると、一気に降下した。  黒雲が霧散していくのがわかる。  同時に下界への視界が少しずつ晴れてくる。 「!!」  真下に斜めに傾くスカイツリー。そしてスカイツリーを中心に、円形に破壊された東京の街が見えた。灰色で、ばらばらに崩された、東京の街が。  さらに自分の前方に、まだ落下中の様々なものが見える。  ちあらはテトメトを抱きかかえたまま、少しずつ、少しずつ進路を修正する。  目指すはスカイツリーである。  時速は二〇〇kmを超えた。  風切り音が耳をつんざく。  地面が迫る。  スカイツリーが少しずつ、少しずつ大きくなってくる。  斜めになってしまっていることが、逆に空から見たとき、解りやすかった。  最上部の鉄塔をかすめたとき、ちあらは刀を一本抜いた。 「はっ!!」  気合い一閃!  今まで生きてきて、出したこともない気迫を込めた気合いと共に一気にスカイツリーに突き立てた。そこはちょうど第一展望台だった。  瞬時に刀が光を帯びたかと思うと、展望台の壁を切り裂く。まるで紙のように。 「ふわ!?」  しかしあっという間に第一展望台は過ぎ去ってしまう。 「この……!!」  ちあらはそのまま刀を格子状に組まれた支柱に切り込むと、押し寄せる下降気流を利用して、真っ直ぐ落ちるのではなく、支柱の周りをグルグルと回りながら降下しはじめた。 「くぁぁ……!」  ちあらの手には、刀が鋼鉄の支柱を切り裂いていく振動が伝わる。同時に、熱も。  金属と金属が擦れ合い、少しずつ、少しずつ減速して行く。  しかもスカイツリーの外側の柱群は、菱形状の格子に組まれている。そのため、描く螺旋の軌道を誤ると、格子の横方向の支柱に激突してしまう。  金属が裂ける、つんざくような音。  飛び散る火花。  螺旋状に回るのは、減速距離を稼ぐためである。 ッバキィィィィンン……!!! 「!!!」  刀が悲鳴を上げて、折れる。金属が破裂するような音が轟いた。  ちあらは遠心力で飛ばされそうになるが、別の支柱にもう一本の刀を突き刺す。 「とまって……とまって……とまって……とまって……!!」  ちあらはそう叫ぶが、こればかりはもはや刀に運命を預けるしかない。  手に伝わる振動は、確実に弱くなってきている。  減速はしている。  しかし、上から叩きつけるように吹いてくる下降気流が、ちあらの速度感を狂わせた。  地面がどんどん近づいてくる。  このまま止まらなかったら、どこかの時点で飛び降りなければ……。  ちあらはそう思いながら、迫ってくる地面を、ただ見つめた。 「はぐ……!!」  金属同士が軋むような音を立てて、急に刀の動きが止まる。  慣性で大きくちあらの身体がゆれたが、しっかとその手は刀を放さなかった。  第一展望台から三〇〇メートルはかかっただろうか。ちあらは、ようやく止まった。  少し回りすぎたようで、目が回るような感覚が、ちあらを襲う。  下降気流はまだ続いており、勢いよく風がスカイツリーの支柱の間を抜けて行く。  そのたびに、ちあらの身体も揺さぶられた。 「はふぅ……」  っと一息ついたのも束の間。再びちあらの身体が傾きはじめる。 「え……?」  思わず刀の刺さっている場所を見上げたが、刀はしっかりと支柱に刺さったままだ。  巨大な金属の軋み音が、そこかしこから聞こえてくる。 「違う……これ……倒れてる……!!」  スカイツリーが。  まだ地上へは五〇メートル近くある。 「ふわわ~~~~……!!」  ちあらは刀の柄で逆上がりして支柱に飛び移ると、一目散に駆け出した。 「わ、わ、わ、わ、わ、わ、わわわわわわわ~~~~………!!!」  走れ走れ!!  根本に向かって!  格子状に組まれた支柱のあらゆるところが破断していく。  そのたびに豪快な音と振動が、ちあらを襲う。  亀裂が、支柱を走り抜けるちあらを追いかける。  細かい破片が、まるで弾丸のように、ヒュンヒュンと飛んでくる。 「速く……もっと速く……!」  ちあらは必死に走った。  ズン、という地響きと同時に、目の前の支柱が裂ける。 「くあ!」  ちあらは最後のジャンプでスカイツリーから飛び降りると、崩れゆく支柱の向こうに姿を現した、半壊していたビルの屋上に飛び移った。  そのすぐ脇を、巨大な鉄柱が崩れながら倒れていく。  大轟音が響き渡り、ビル全体が震えたかとおもうと、巨大な土埃があがり、一面の視界を奪った……。 *  *  * BGM:https://www.youtube.com/watch?v=3PWV3P0Uxmg&feature=youtu.be&t=7 「やっと、終わった」  すっくと立ち上がったちあらは、ぼんぼんと巫女装束についた砂埃を払う。魔法の力が働かないので、この巫女装束も普通のそれと同じ状態だ。おかげでボロボロである。  まだ少し、震えている。  刀をつかんでいた右手は、少し熱い。  あの大剣を飲み込んだ左胸から感じる心臓の鼓動は、いつもより強く感じる。  それから抱えていたテトメトを目の前に持ってくると、その頬をぺしぺしと叩いた。  もっともそれくらいで目を覚ますのなら、とっくに目を覚ましている。 「ん……」  ちあらはきょろきょろと辺りを見渡し、穴の空いた貯水槽を見つけると、その隅に残っていた水をテトメトの顔にぶっかけた。 「ふぬ!?」  びっくりしてテトメトがようやく目を覚ます。  もっとも、目を覚まそうが覚ますまいが、その表情にほとんど変化はないわけだが。 「ど、どうなったぬ!? ここは天国かぬ? 地獄かぬ?」  テトメトは慌ててキョロキョロした。 「どちらでもない……」  少し悲しいトーンでちあらは答えた。 「ぬ?」  目の前にちあらがいることに安心したらしく、テトメトはすぐに冷静さを取り戻した。  周囲は崩れ去った東京が広がっている。 「終わったようだぬ……無様な姿をさらして済まなかったぬ」  テトメトは恥ずかしそうに、ぺこりと頭を下げた。 「でも、これからが大変そう……」 「そうだぬ、吾らの仕事は終わっていないぬ」 「まずは黒翼のところへ行かないと……」 「歩いていくしかないぬ」  まだ、黒翼の作り出したアンチマジックの効果は続いていた。  傾いてボロボロになった非常階段を慎重に降り、地上へ踏み出す。  地形まで変わり果てた、街。  かつて車だったもの、電車とおぼしきもの、曲がったレール、メチャクチャになった架線、へし折れて鉄の塊になってしまった鉄橋のトラス、粉砕された電柱、崩れた建物のコンクリートの山。エトセトラ、エトセトラ。  ちあらもテトメトも、言葉が出なかった……。  記憶を頼りに、なんとか国道六号線を見つけ、浅草橋へと辿りはじめる。  道路もひび割れてボロボロで、アスファルトは剥がれ、下の構造物が剥き出しになっていた。  大穴が開いて、共同溝がまる見えの場所もある。 「やぁ」  とぼとぼと歩いていると、見慣れた人影があった。  黒翼である。 「剣聖様のお帰りだね。無事でなにより」  声は悪戯っぽかったが、その表情は安堵とそして嬉しさが混じっていた。こんな表情もするのかと、ちあらは少し意外に思った。いつも他人を馬鹿にしたような、シニカルな顔しか見たことがなかったから。 「剣聖?」  ちあらは聞き覚えのない言葉に、首をかしげる。 「無事に帰れたと言うことは、自分の力に気付いたご様子」  本当に、黒翼は嬉しそうだ。 「………わたしのちから?」 「刀がないようだが?」  いつものシニカルな黒翼の表情が戻る。 「あれは、一本は折れてしまった。もう一本は、スカイツリーに刺さったまま……」 「鋼鉄を切り裂く気分はどうだった? 普通の刀ではムリだっただろうね」 「手が……まだ少しジンジンする……けど、あれは普通の刀だった」 「そう、普通の刀が魔の刀のような切れ味を持つ。それが剣聖の能力」 「それが、わたしのちから?」 「うむ、剣聖の振るう刀は、たとえ魔法が使えない場所でも、魔法の武器と対等、いやそれ以上の切れ味を発揮する。だからスカイツリーを切り裂くことができた」 「………」  やはりそうだったのだ。  魔法のかかっていない刀を持っていることに、意味があったのだ。 「そしてそれは、わたしにはない、唯一のちからだ」 「え?」 「わたしの力は強大で、どんなことでもできるけど……アンチマジックの場所では無力。なぜなら、この地上において、わたしは魔法使いだから」 「剣聖の刀は……?」 「たとえ魔法が使えないような場所でも、神をも斬ることができる」 「!」 「それが、剣聖というもの。これからはちあらがわたしの弱点を補う。だからわたしは、ちあらを巫女に迎えた。だがこれは諸刃の剣だ。なぜなら、魔法が使えない場所でなら、ちあらはわたしを斬ることができるからね」 「……」  なぜ、主は自らの弱点を、巫女に教えたのだろうか?  いやいずれその答には、気付くからだろうとも思った。 「さて、ぼうっとしている時間はない。まだこの街は、わたしたちを必要としている」 「え?」 「瓦礫の中から、生存者を見つけなくては」 「あ!」  ちあらは自分の心を閉ざしたままにしていたのを、今になって思いだした。  だが、開放するのにも、勇気が要る。  今開放したら、死の感情が、どっと押し寄せてくるのではないかとも思ったからだ。 「関係省庁には連絡をしておいた。もうすぐ自衛隊も到着する」 「わ、わかった」 「さぁ、いこう! 一刻も早く、一人でも多く助けよう!」  黒翼はそう言って、瓦礫の中へと駆け出していった。 「黒翼様! まだアンチマジック フィールドがとけてないぬ」  テトメトがちあらの肩から飛び降りてその後を追う。 「あと数分で解ける、呪文の準備はイイか、テトメト?」 「まかせるぬー!」  気がつけば、黒雲はすっかり消えていた。  オレンジ色の夕日が、二人と一匹と、そして瓦礫の山と化した東京を写し出す。  そう、まだ夕方。  破壊は一瞬だった。  せめて、魂だけでも安らかに眠らせてあげなければ。  ちあらは空を見上げ、そして大きく頷くと、瓦礫の山に向かって歩き出した。 ────────────────────────────────────── メモ: テトメト呪文数(VL17 Magic User) 5555444321 今回の話で使いそうな呪文一覧 ・プラズマスティック スフィア(9) ・バインディング(8) ・マインド ブランク(8) ・シンボル(8) ・リヴァース グラヴィティ(7) ・アンチ マジックフィールド(6) ・ディスインテグレイト(6) ・グレーター ディスペリング(6) ・パスウォール(5) ちあら呪文数(LV20 Cleric) 6555554444 ── 未使用 今回の話で使いそうな呪文一覧 Soun Bind(9) Mass Heal(8) Symbol(8) Shield of Law(8) Antimagic Field(8) Regenerate(7) Repulsion(7) Heal(6) Dspel Evil(5) Spell Immunity(4) Dismissal(4) Death Ward(4) Freedom of Movement(4) 技 威力:火(ホ)<炎(ホノホ)<焔(ホムラ)<烈火(ヤスホ)<熾灼(オキアラタカ) 種類:舞(全体)、薙(全体)、斬(単体)、祓(聖属性)、滅(重力発生) 紅焔灼薙 / クレナイノホムラアラタナギ 紅焔一閃薙 / クレナイノホムラヒトヒラナギ -> 縦もしくは横一条 紅焔四方薙 / クレナイノホムラヨツカタナギ -> 同時に4つの標的を攻撃 紅焔八方薙 / クレナイノホムラヤツカタナギ -> 同時に8つの標的を攻撃 紅焔廿方薙 / クレナイノホムラハツカタナギ -> 同時に20の標的を攻撃(要、二刀流) 不死鳥舞 / フゲオオトリノマイ -> 直線上の全ての敵を攻撃 超光舞 / ワタリヒカリノマイ -> 自分を中心に 十六夜炎 / ヤユタウホムラ -> 自分自身を炎に包む。主に回復用。 起焔 / ハジメノホムラ -> 火を扱うにあたって、一番最初に必要な呪文 転焔 / ウタテノホムラ -> 炎のランクを変えるとき必要な呪文(火→焔、など) 焔矢 / ホムラノヤ -> 火の Masic Mssile に相当 火貫 / ヒヌキ -> 一条の炎 瞬焔 / マタタキノホムラ -> 単純な爆発。Fireball 準拠。ただし烈火と熾灼は別 突破爆斬 / トッパハゼリギリ -> 連続爆発 紅炎円斬 / クレナイノホムラツブラギリ -> 円月殺法(何 紅十文字斬 / クレナイジュウモンジギリ 起動時間≒キャスティングタイム/物理単位(反応速度) 起動時間はその技が実際に効果を現しはじめる時間。ほぼ呪文を唱えている時間に等しい。 物理単位はその技が実際に効果を現している時間。その時間は同じ技が使えないことが多いが、爆発系は瞬間なので連続使用が可能なことが多い。また予め火種をまき散らしておいて、一気に爆破することも可能。 一般的に威力が強ければ強いほど、またターゲット(範囲)が多ければ多いほど、起動時間も物理単位も大きくなる傾向にある。 起はその後に続く威力[火・炎・焔]によって、使える技が決まる。例えば起焔を唱えた場合、烈火や熾灼の術は使えない。またいきなり起烈火や起熾灼は不可能で、最低でも起焔をしてから一定時間が必要(アイドリング)。 威力のランクを上げるときに転を使う。 但し、超光は熾灼クラスの火炎であり、一時的にどうしても熾灼クラスが使いたい時に使う。連続使用不可。